#231123

グラタンを作りたくなって

図書館からの帰り道。tumblrを眺めているとXに投稿された喫茶店と思われる場所で撮影されたエビグラタンの写真がどんぶらこしてきた。
大きなエビがたくさんのっているホワイトクリームのグラタン。きっと運ばれてきたときはホワイトソースが沸騰していたのだろう。実に美味しそうだった。
決めた。今日の夜はグラタンにしよう。

そう思ったボクはそのままスーパーに立ち寄り写真でみたような大きな身の冷凍エビを購入。あとはホワイトクリームソースを、と棚に向かうと「HEINZ ホワイトソース 358円」の缶詰で手が止まった。
た、高くない……?
レシピを調べるとバターと牛乳、小麦粉でできるとある。この手間が385円。
ぐぬー。と悩んだ結果、今回は小麦粉から作ることにした。
どことなくオチが見えていたけど、何ごとも挑戦。

レシピを見ながらホワイトソースを作るも「と、とろみ……?シャバシャバだけど?」と案の定うまくいかず、まぁいいやーとそのまま冷蔵庫に余っていたきのこ類をポイポイとフライパンに投げ込み、余っていた野菜も適当に放り込む。そしてトドメとばかりに茹で上げたペンネとエビを投下。
なんかすごい量になってる気がすると感じながらも、シャバシャバのホワイトソースもどきを混ぜ合わせて火を通し、冷凍庫で余っていたチーズととけるチーズで蓋をしてお願いヘルシオ。


出来上がったグラタンは想像していたものとかなり遠そうな物だった。
表面が強めにこんがりとやかれているものの、中はやはり液体のままのホワイトソース。
チーズの蓋がついたホワイトスープパスタっぽい何かができた。

味も食べれなくないのだけど、自分が適当に作る料理特有の味が薄いグラタンに似た食べ物だった。
やっぱりホワイトソースは缶詰を使ったほうが失敗しないのだろうか。いやしかし値段よ……と別のスーパーで棚を見ると、ハウスの「北海道グラタン」が217円で売っていた。

いや、これだよ、これ。どうして近場のスーパーになかったんだ。
絶対そんな高い値段でしかホワイトソースが用意されていないわけがないのに。という膝から崩れ落ちるような気分になった。
悔しいので購入。ちょうど冷凍エビは半分残っているのでリベンジしよう。

机の上で焚き火がしたいん #01

そこそこ心にあり続けるものを、最近ふと形にしてみたいと思ったので、つらつらと解決したい課題とか、やりたいことをメモって実現しようと思う。
完全に自分用の思考ログ。

この卓上の焚き火という商品は、10年ほど前にひそかに存在していた。
小さなマッチのような角材型の端材に、蝋を漬け込んでいて、それを丸い灰皿のようなシャーレ上で組み上げて燃やすという代物。
大きく燃えるというより、小さな焚き火という商品で素敵だった。

ただお値段がそこそこしたため、いつかお金に余裕ができたら買おう、買おうと思いながら見ていたら終売してしまった。人間は愚か。
そのうち似たような商品が出るだろうとおもっていたけど、オイルを燃やす方向の商品がいくつか出ただけで現在も焚き火のようなものはでていない。

ちゃうねん。ただ火を眺めてワイン傾けて「くー!映えるー」じゃないんだよ。
火を育て、その面倒さと無意味さが良いの。
灰燼に帰す様子を眺めていたいの。

解決が必要な問題

物を燃やせば煤が出る

例えば散歩して落ちている木々を拾って燃やす場合、乾燥が不十分だともれなく煤が発生する。そうでなくても何かを燃やせば煤がでる。
これは完全に炭化しないから起こる問題のようなので、高温で燃やせば良い。
つまり二次燃焼の設計。

解決策のヒントはmont-bellの焚き火台 ファイヤーピットの二重構造。

mont-bell フォールディング ファイヤーピット

頭の中にあるのは、丸いシャーレの二重構造。
外側のシャーレは外気取り入れようの穴が横にあり、内側のシャーレは底にだけ穴があるという物を考えている。
え、それだと炭が底から落ちるだろって?
そのために掃除がしやすいように二重構造にしてお手入れの楽さを確保したいというわけ。
メッシュにしてしまうと炭はある程度落ちないけれど、結局そこの掃除が大変になることが予想できる。もうそれならば下に落としたほうが楽なのでは?と考えている。

シャーレの受け板は木材の箱に砂を敷き詰めておく形にしたい。断熱して机を保護する目的。あと外側のシャーレの底は円錐型にして灰が底に溜まりやすくしたい。

実験用の加工が簡単で燃焼しても良さそうなものを探す

手で整形できて、ある程度燃やしても耐えれるものを探し中。

#181124

今日のtumblrでみたもの

木登りの名人と呼ばれている男が、弟子を高い木に登らせて小枝を切り落としていた。弟子が危ない場所にいる時には何も言わず、軒先まで降りてきた時に、「怪我をしないように気をつけて降りて来い」と声をかけた。「こんな高さなら飛び降りても平気ではないか。なぜ今更そのようなことを言うのか?」と問わば、「そこがポイントです。目眩がするくらい危ない枝に立っていれば、怖くて自分で気をつけるでしょう。だから何も言う必要はありません。事故は安全な場所で気が緩んだ時こそ起こるのです」と答えた。

たいした身分の親父ではないが、教科書に掲載できそうな内容だ。バレーボールのラリーなどでも、難しい球をレシーブした後に、気が緩んで必ず球を落とすらしい。

原文

高名かうみやうの木登りといひしをのこ、人をおきてて、たかき木に登せて、こずゑを切らせしに、いとあやふく見えしほどは言ふ事もなくて、るゝ時に、軒長のきたけばかりに成りて、「あやまちすな。心して降りよ」と言葉をかけはべりしを、「かばかりになりては、飛びるとも降りなん。如何にかく言ふぞ」と申し侍りしかば、「その事に候ふ。目くるめき、枝危きほどは、己れが恐れ侍れば、申さず。あやまちは、安き所に成りて、必ずつかまつる事に候ふ」と言ふ。

あやしき下臈げらふなれども、聖人のいましめにかなへり。まりも、かたき所をいだして後、やすく思へば必ず落つと侍るやらん。

徒然草 第百九段 / 徒然草 (吉田兼好著・吾妻利秋訳)

興味を覚えて他の現代語訳をいくつか眺めていると、現代のSNSでよく見るような妬みと罵倒という図式があって、人間社会の進歩とはかくも時間がかかるものなのかと、何百年経っても変わらないものなのだなーと感じた。

#161124

雪が降る前に群馬県 法師温泉へ

目が覚めて時計を見ると9時だった。
寝る前に今日の気温は見ていたもの、来週はどうなるのかなと週間天気予報を見ると温かいのは今週までで、来週から冬が始まってそうな気温が表示されていた。
「これはもうどこかに行くなら今日しかない」
そう思ったとき、脳裏に最近見た温泉雑誌の法師温泉 長寿館の写真が浮かんだ。「まだ今日ならいける!まだ舞えるぞ!」と一気呵成に用意を済ませバイクに飛び乗った。

一応日帰り入浴が可能かどうかだけを確認。14時までというなんとも微妙な時間が見え、うろ覚えながら13:30に最終受付という文字列が見えたような気がした。最悪入れなくても紅葉狩りできればいいやの気持ちで向かう。


高速道路は案の定渋滞していたもののツーリングプランで行ける群馬最北端の沼田ICで降りた時点では12:30とまだいけそうな微妙な時間。間に合えーと休憩もそこそこに給油し、残りの下道24kmをひた走る。
群馬北部の山間部は来週から降雪予報がでているためか、さすがに紅葉が進んでいて、赤谷湖周りの山々は大部分が赤と黄色に染まっていた。

長寿館まで残り5kmの看板が見え、案内通りにハンドルを脇道に切る。看板に日帰り入浴受付時間の記載もあり、やはり見間違いではなく13:30までだったようでなんとか間に合った。

日本秘湯を守る会の提灯

入浴料は1,500円。
大正時代から続く歴史建造物の維持に当ててもらえるので何の不満もない。
室内は掃除も行き届き、お土産のコーナーやカウンターが新しい木材で作られていたので、経営が危ぶまれる様子はなさそうだった。

肝心の温泉は写真で見た通り美しく、温泉が底から湧き出、溢れ流れるままに排水されていく音が浴室を満たしていた。4槽に区切られた浴槽は微妙に温度が異なる。浴槽の底は川床のように玉石が敷き詰められ温泉が隙間から湧きでていた。

法師温泉 長寿館公式サイトより

自分が浸かった浴槽は温度がほどよく、ちょうど到着するまでに小雨に振られ体が冷えていたこともあってかこの上なく心地よく蕩けいてた。力を抜いて少し浮くような感覚を味わいながら窓越しに見える紅葉を楽しんだ。
雪が降るころに宿泊ができれば、白く染まる美しい景観と静かな湯治を楽しむことができるだろう。予約カレンダーを見ると土日・祝日は埋まっているため平日に休むしかなさそうだ。


長寿館の外に出ると紅葉が美しかったので撮影。
小雨だったこともあって色が綺麗だった。

法師温泉からの帰りは道の駅への立ち寄りを楽しむ。
「道の駅 たくみの里」に寄るとき、道沿いに見えた「五郎兵衛うどん」の案内看板のなんとも力の抜けた筆絵とその店の佇まいに心が惹かれた。当初は道の駅で食事を取ろうと考えていたが、結局国道17号線にもどるときに、思い切って立ち寄ることにした。

看板メニューと思わしき、五郎兵衛うどん定食を注文。
高齢のおばあさんが二人がかりで調理してくれた。
鍋焼きうどんは手打ちなのだろうか。太く平べったい田舎うどんだ。それを火に焚べ出来上がるのを待つ間、味噌田楽やご飯と数種類の小鉢を楽しむ。田舎のおばあさんが作る手の込んだ味が染みた料理は、おいしさに感動するというより、心が温かくなる優しい味だ。
素材もキノコと野菜が主軸で、昔ながらの料理を思わせる。
おばあさんが作る料理はどこで食べても心が安心するのはどうしてだろうか……。

基本コンボができなくて

特に豪鬼が無理ーとなったわけではないのだけど、一旦保留にしてやはりスタンダードにまずはリュウで慣れていくことにした。
早速コンボトライアルで練習だ。と鼻息を荒く向かったものの中級7のしゃがみ中K→ラッシュキャンセル→立ち中P→立ち大P→真空波動拳ができない。

え、嘘だろ。超早く入力しないと間に合わないやん!と焦れば焦るほどでない。
日曜日に練習し続けた結果、ふーどさんの動画で「キャンセルSAがでない人は入力を正しくできる練習をしたほうがいい。100mを10秒で走りましょうというゲームなのに、120mを10秒で走ろうとしたら無理じゃない?ソレと同じことだよ」と説明しているのを見て、なるほどなーと思った。
そこで改めて真空波動拳を練習しまくってなんとかできるようになった。
しかしそこからまたラッシュしてーとなるとできなくなる。
結局後ろから分解していってなんとかできるように。

中足ラッシュから発動のため、そこそこ実践でも使うであろうコンボなので練習は必要だけれど、まずは基礎コンボを練習しようと思い解説・攻略動画を見ながら練習をはじめた。
まず弱攻撃×3→弱竜巻。これはすぐにできた。
しかしその後が難題だった。

立ち中P→立ち弱K→弱竜巻旋風脚が一切できない

結論 立ち中P→2フレーム遅らせて立ち弱K→弱竜巻旋風脚

はじめこれが全くといっていいほどできなかった。
ターゲットコンボ(不破三連撃)のパーツだからロックされてるんじゃないか?と思いながら練習。いやできない。なんで??普通に弱K→弱竜巻旋風脚は成立するし、フレーム数を数えても同じ。それで弱竜巻旋風脚が発動しないのはなにか設定がわるいのかなーと悩む。
AIに聞いてもそんな都合の良い答えが返ってくるわけもなく。
解説動画も直近2ヶ月ほどなので調整でできなくなったとかも考えづらい。
わからーん。誰か助けてーとなるも、誰にも聞けない。なんたる悲しみ。

いっそラッシュしたらできたりしないのかなーと何度かやってると偶然発動。
しかし発動理由がわからない。
その後もガチャガチャやってもできず途方にくれ画面を見ていると、中P後に+7フレーム有利となっていることに気づく。ということは弱Kが発生5フレームだからもしかして2フレーム遅らせるとターゲットコンボじゃなくなってできるのでは?と思いつき試したらできた。
わ・か・る・か。

皆様はこれが「ふむ。なるほど2フレーム遅らせるといけるな」ピキュイーンってなるんだろうか。
ニュータイプ以外お断りなのー?
気づくのに1時間以上かかったわ……。

コンボ紹介動画にあった昇竜キャンセルSAができないのコメント

ボクもいつも通り練習していたときに気づいたけれど、2P側の練習をやりすぎて1Pより楽にでていたものの逆に1P側はミス多く感じた。
キーディスを確認し、もし昇竜拳入力後に波動拳コマンドは成立しているのにSA3がでない場合はKボタンを激しく連打すると成立する。

というのも上の大パンチキャンセル真空波動拳のときは、コマンドが未完成だと昇竜拳でてしまう。しかし必殺技キャンセルはSAでしか行えないため、波動拳コマンドが成立するまでずーっとKボタンを連打しててもコマンドが失敗とはならず成立するようだった。
とはいえどキレイなコマンド入力できるのが最適なので練習は必要。
なれないうちの対戦中はお願い連打でも良い気がする。

昇竜キャンセルSAできーん!って方は邪道だけどお試しください。
成立するタイミングと感覚を掴むのが最初の一步なんだ。

#081124

自分のためにだよ

いつものようにtumblrを見ているとアメリカでそこそこ上手くやってるシステムエンジニアで民主党支持の方が、「トランプが勝利した今のアメリカの空気感」みたいな内容をhatena.blogに投稿されていた。(tumblrではよくあるのだけどReblogしたつもりでできていないことがある。これも同様にまたどこかにいってしまった)

内容はかざりっけがないながら上手くまとまっていて、選挙内容に不満があるという内容ではなく「本来民主党が味方につけるはずだった20,30代のリベラルを、政策アピールで引き込むことができなかったのがハリスと民主党の敗因。その人達がトランプに票をいれてしまった原因と対策を、次回の選挙までに民主党は考えるべきだろう」といった内容だった。もうちょっと書くと「トランプの掲げた政策を実行すると物価があがってしまい、主だってトランプに入れてた低所得者層死ぬけど大丈夫そう?」といったもの。わかりやすさとアメリカの現状みたいな空気感も感じれる現地の人の感想という良い文章だった。

で、これがどうも一度投稿されたあとに大幅に加筆修正されて読みやすくなっていたようで、そのことに気づいた人が「前の文章は箇条書きで素っ気なかったですが、わかりやすく書き直してくれてありがとう。でも忙しい中でこんな誰の得にもならないことをしてくれて不思議でした。どうしてこんなに親切なんだろう?」というコメントに「そんな人間いるわけないだろ。これがAIってわからないとか馬鹿?」等の実にhatena.blogらしいコメントがついていた。

そして、届かない場所でこんなことへ返信みたいなことをするボクも無意味だ。
ただボクはこの投稿者がどうして1セントの得にもならないことに労力を割いたかがわかる。この話をダラダラと広げようと思ったけど少し文章を書いたけど、雅じゃないので消した。

結論だけ書くと、おそらく「自分のため」に書き直したんだと思う。ボクも定期的にこのBlogの過去投稿を校正しつづけているので気持ちはわかる。
流れ続けるSNSと異なりblogはその場所があり続ける限りは残ってしまうため、誰かの目に触れてしまう。(SNSもtumblr等で古い情報にアクセスは可能だが)

連想して思い出したのは、スティーブ・ジョブズが「過去の偉人が繋いできたバトンを自分が落としてしまうような焦燥感があった」という話。
より良き世界、よりよき社会を目指す行動は小さなことの積み重ね。どんな小さいことでも、より良いことへができない人は大きなことなんてできもしないという当たり前の話だ。
この投稿者はアメリカでそこそこ成功してーとあるし、文章からもそうなんだろうと感じれるから、当たり前のように小さなことでもより良くの意識があるんだろう。

もう一つは心の豊かさに依る。
人は心が豊かな状態になると親切心から分け与えるという行動ができるようになる。
「ボロは着ても心は絹」、「武士は食わねど高楊枝」と昔からこの手の言葉は標語として受け継がれている。

そのどちらかじゃないかなーと推測。